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 投資信託への批判

日本の投資信託は、オンライン証券会社が増えたことや銀行窓口販売が可能になったり、企業が確定拠出型年金制度を設定できるようになったおかげで、増加する傾向にある。

さて、日本ではITバブルの1998年頃に精力的に売り出した投資信託の中には、投資家に大打撃を与えたものが少なくない。それにもかかわらず、これらの運用責任を問う声は聞かれない。

確かに、投資は自己責任である。しかし、投資信託は手数料を運営者が頂いているのである。営利目的で手数料を頂いている以上、運営者にも責任があるはずだ。

運営者の責任を追求しない状況は変えなければならない。そこで、現状の投資信託の何がおかしいのかを説明し、あるべき投資信託の姿を描こうと思う。

株式には、議決権と会社の財産分与される権利がある。しかし、投資信託には財産が分与される権利はあるが、信託の運営に関して承認するための議決権が存在しない。つまり、投資信託が投資家にダメージを負わせようが、運営者は関係ないのである。そのくせ、手数料はちゃんと頂く。

また、運営方針を最初に決めなければならないため、運営方針という制約条件に縛られて市場のダイナミックな波に乗れない可能性が高い。

さらに、ヘッジファンドのように市場が破壊されようが自分達だけが儲けれれば良いという考えを持つ人が増えかねない。なぜならば、投資信託運営者は、基本的には投資家(委託者)が儲かる事しか念頭に置かない。本来、債権や証券を購入するという行為は、自分が儲けるということも然ることながら、会社を正当に評価し、会社が育っていくことを応援するという事である。

投資信託運営者の経歴を目論見書に載せるべきである。別に運営者の名前を出す必要性はない、適当なハンドルネームで良い。ただし、運営者が今までに関わってきた投資信託が、その人の在任期間中にどういう推移をしたのかを明記すべきである。偽った場合には、罰則を設けるべきである。

また、株式保有者に議決権があるのと同様に、投資信託の購入者は運営者の罷免権を持つべきである。投資家にダメージを負わせた人を罷免できない今の投資信託は投資家保護のシステムが備わっていない。もちろん、罷免された人は、別の投資信託に関わった時には、目論見書に罷免された事実を明記しなければならない。

そもそも、プロだから他人に託すという態度を改めないといけないのかもしれない。機関投資家が多い日本では、プロの参加者が多いということを意味している。仮に市場をゼロサムゲームの場と考えると、プロとプロが火花を散らすコロシアムという事になる。ということは、市場に参加するプロの実力を詳細に分析して投資信託を買わなければならないはずだ。こんな事は不可能だ。

そもそも、資金や物の流れは出来るだけシンプルな方が良いのだ。金融工学が盛んに研究されてから、デリバティブを盛んに作ろうという気運が高まってきているのはわかる。しかし、複雑な金融商品を組めば組むほど手数料が高くなるのだ。言い直せば、金融商品の価値が上がるかどうかは確率でしか表現されないが、手数料は確定的な量として引かれていく。だからこそ、投資信託を購入する際に一番神経を使わなければならないのは、手数料がいくらかかるかなのである。

税金に対しては、国は皆が確定申告をするように促そうと努力している。それと同じように、他人に資産の運営を頼る投資信託を買うよりも、債権や株式に対する理解を深め、自己の責任において市場から直接債権や株式を買うべきだと思う。


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