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 TOBの錬金術

TOBとは、公開買付けの事です。この制度が設けられたことにより、上場企業の会社は株価を気にした経営をしなくてはならなくなりました。なぜならば、株主資本に対して時価が極端に低い場合には、TOBにより身も知らぬ会社によって買収される危険性が出てきたからです。もちろん、経営陣は、身も知らぬ会社に自分が経営する会社が買収されれば首になるので、株価を上げるように会社の業績を良くしようと努力します。

しかし、会社の株の50%近くを保有する大株主や創業者一族が支配する会社は、TOBの危険にさらされることはありません。その代わり、会社の時価が低い事に乗じて、TOBを利用することで大株主や創業者一族が更なる利益を得る事ができます。これが、TOBの錬金術です。

この際に"確実"に損をするのは、「1株株主資本以上の株価で株を購入した人」です。以下では、どのようにしてTOBの錬金術が行われるのかを書いていきます。

買収目的のファンドが、まず、「大株主が50%以上支配していて、業績が順調にもかかわらず、株価が1株株主資本よりも低迷している会社」を探します。なぜならば、大株主に利益のある話を持ちかけて納得させれば会社支配権を獲得するために必要な株式数66%以上を獲得するのが容易になるからです。

そして、買収したい会社の経営陣(兼大株主)に会社の時価よりも高い価格で株式を買う旨を伝えます。それだけでは、買収される側の経営陣は納得しないでしょうから、ファンドの支配権を経営陣に譲り、ファンドからも役員を提供することを提示します。これならば、買収される側の会社経営陣は、実質支配権を譲らないまま、ファンドの提供する助っ人も得られるので賛成する可能性が高くなります。

会社経営陣の賛同が得られた時点で、ファンドはTOB(公開買付け)の公表を行います。買い付け価格は、時価に数十パーセント上乗せした価格。これならば、最近時価で株式を購入した一般投資家は喜んでTOBに応じます。もちろん、会社経営陣は大半の株式を保有しており、TOBに応じるので、TOBが成功する確立はホボ100%になります。

TOBが成立した後は、買収される会社は臨時株主総会を通じて、持ち株会社を新設し、元の会社(今後は子会社と呼ぶ)の株式と等価交換する決議を行います。

その後、持ち株会社はファンドに対して、"時価"で子会社を売却します。売却した後は、新設された持ち株会社は会社機能は0で現金しか持っていないので、解散・清算されます。これにより、TOBに反対した弱小株主には、現金が支払われます。(この際支払われる現金は、TOB価格よりも低くなるように想定されているので、TOBに応じなかった弱小株主は相対的に損をしてしまいます。逆に言えば、TOBに応じるような圧力がかけられています。)

この時点で、子会社の株式を100%保有しているのは、ファンドです。これにて、買収劇は完了します。買収前の会社の株主である、弱小株主は強制的に排除されます。最終的に買収前の会社を実質的に保有する人は、元経営陣とファンド設立時のオーナーです。

発行株式数100株で株主資本200円(つまり1株2円)のA会社があるとします。A会社の業績は順調なのですが、市場全体が低迷し時価は株主資本を大幅に下回る100円だとします。経営陣の持ち株比率は60%です。

そのとき、発行株式数48株で運用資金57.6円のBファンドがA会社を買収の意向をA会社経営陣に提案します。A会社経営陣は買収される事を了承するかわり、Bファンドの支配権をA会社経営陣に50%以上譲渡するよう要求します。Bファンドは増資をすることで対応し、要求を了承するとします。

契約成立した時点で、Bファンドは市場に対して時価の30%上乗せした額でA会社の株をTOBする事を広告します。現経営陣は全保有株式をBファンドにTOB価格で売却します。この時点でBファンドはA会社の株式の60%を保有しているので、後7%の株式を保有できればTOBが成立します。(会社発行株式数の3分の2を獲得できれば、絶対的支配が出来ます。)

最近時価100円の時に購入した個人株主は、買ってから時間がたっていないのに30%上乗せした額で株式を売却できるので喜んでBファンドに売却します。この売却数が発行株式数に対して7%に達すればTOBが成立します。ここで、仮定として、TOB成立条件ぎりぎりの7%の個人投資家がTOBに応じたとします。

Bファンドは、新たに52株を発行します。A会社経営陣は、売却した資金(100円×130%)×60%=78円でBファンドの新規発行株式の52株を基準価格1.2円/株で買うとします。この場合、譲渡金額は62.4円。この時点でA会社の経営陣は、Bファンドの株式の52%と現金15.6円を保有しています。

TOBが成立した時点で、A会社は完全親会社AAAホールディングスを設立します。通常、株式交換比率は1:1です。つまり、A会社1株につき、AAAホールディングス会社株式1株が割り当てられます。

AAAホールディングスは、"親会社のくせして"子会社となったA会社の全株式をBファンドに時価(1株1円)で売却します。

AAAホールディングスは、臨時株主総会でBファンドの議決権によって、解散、清算されることになります。持ち株比率に応じて、親会社の株主に清算金が支払われます。この場合、AAAホールディングスの持ち株比率は個人株主33%、Bファンド67%なので、個人株主全体に33円、Bファンドに67円支払われることになります。

BファンドがA会社を完全に傘下収めるために、個人投資家に払った資金は、(100株×7%)×(1円×(100%+30%))+(100株×33%)×1円=42.1円です。Bファンドの保有資金は0.1円の負債となります。しかし、BファンドはA会社の資本を取り込んだので、Bファンドの運用資本は200円-0.1円=199.9円です。そのうち、元A会社の経営陣の持分はBファンドの株式総数の52%なので、199.9円×52%=103.948円。元A会社経営陣は、現金15.6円を保有しているので、最終的な総資産は119.548円となります。一方、A会社買収前のBファンドの株主の持分は、95.952円。

元A会社経営陣は、株主資本200円の会社を保有している時点で持分が60%であったので200円×60%=120円の含み資産を保有していたわけだが、株価低迷に乗じてBファンドを通じて権利移転をした結果119.548円を保有したことになる。これは一目見ると、元A会社の経営陣にとっては美味しくないようにみえるかもしれないが、時価で元経営陣がA社株式を売れば60円にしかならなかったことを考えれば、元が十分取れる。
仮にBファンド保有の機関投資家から8株を譲ってもらい、元々A会社を支配していたときの支配率を獲得するとすれば、Bファンド株60株を保有した上で6円の資金を保有することができる。つまり、Bファンドに買収してもらうことで、元A社経営陣に自動的に利益が生まれる。

一方、買収以前のBファンドの株主は57.6円の運用資産が95.952円になったので、66%の利益率を実現している。驚異的である。もちろん、この状態では、元A会社経営陣は納得しないであろう。これを調整するには、元A会社経営陣がBファンドの株式を購入する時の価格を下げれば良いだけである。

もちろん、上記の話は含み資産に関してです。しかし、元A会社の業績が良かったからこそ、Bファンドは公開買付けを持ちかけたのです。だからこそ、元Bファンドの株主は元A会社の経営陣に自分達よりも利益を提供しようが、買収を成功させようと努力したわけです。また、ここではお金の話しかしてませんが、Bファンドがただお金を持っているだけでは、この買収は成功しないでしょう。Bファンドが元A会社の持っていないノウハウを提供できて始めて、この買収劇が成功するわけです。

このTOBによって損をした人は誰か? といえば、A会社の将来性を見込んで、低迷する時期のA社の時価よりも高い値段で購入した一般株主でしょう。この手のTOBを阻止するのは、至難の業です。これが、資本の力と言ったところでしょうか。

以上書いてきたTOBの錬金術は、「公開買い付け主になるファンド」と「買い付けられる企業の経営者」がWIN-WINの関係になるときに発生します。ファンド側はTOBした瞬間にファンド自身の名目資産が増えると利益となります。名目資産を増やすためには、ファンドは時価が株主資本よりも下回っている企業を買収しようとします。反対に、「買い付けられる企業の経営者」が喜んでTOBに応じる場合には、TOB後も買収される会社の実質的な支配者として君臨できることを望みます。

よって、以下の条件が揃っている会社の株を買う際には、「TOBの錬金術」により強制的にTOB価格で株を手放さなければならない可能性があることを認識しておいたほうが良いでしょう。

「TOBの錬金術」に与するファンドは、ローリスクハイリターンな成果を期待することが出来ます。ただし、株価が全体的に低迷して、時価が株主資本よりも低い会社が多いときに成立するビジネスモデルです。簡単にお金儲けをしたいファンドマネージャーは、このようなファンドを立ち上げると良いでしょう。たぶん、企業再生ファンドよりは簡単に儲けられます。

しかし、私は、この手法に対して法律で規制する必要性があると思います。なぜならば、対象企業の全支配権をファンドに移転するために、一度だけ対象企業の持ち株会社を設立するのですが、この持ち株会社は「弱小投資家の振り落とし」に利用するだけだからです。もちろん、持ち株会社の設立目的は、表向きには「子会社の経営体制の強化」を謳っていますが、持ち株会社は子会社をファンドに売却後に速やかに清算される運命が待っています。TOBの錬金術を防ぐためには、法律で規制する他に、「上場基準に、"創業者一族"および"創業者一族との利害関係者"の支配比率を50%以下にすること」を明記するべきだと思います。


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